映画和日乗

映画、食、人。西に東に。

                         

「ヴィヨンの妻〜桜桃とタンポポ〜」監督・根岸吉太郎 at 東宝関西支社試写室

太宰治の短編小説が原作とのことだが、複数の著作のエッセンスが部分的に挿入されている。個人的には太宰作品は全くの不見識ながら、そんなことは全く関係なく冒頭から終幕まで映画そのものに陶酔出来るほどの完成度だ。
1946年、というから日本敗戦の翌年。東京三鷹の廃屋のようなボロ家に住む大谷(浅野忠信)と妻佐知(松たか子)。ある夜、大谷に金を盗まれたと中野の居酒屋店主(伊武雅刀)とその妻(室井滋)が訪ねて来る。
大谷は家から逃げ、盗んだ金を返すまではと佐知は居酒屋で働くことにする。やがて謎の女を伴って大谷が店に現れ、金は戻される。もともと戦時中から大谷はこの店の常連だった。大谷を慕って店にやって来る秋子(広末涼子)、更には佐知を見初めた工員(妻夫木聡)、佐知のかつて恋した男(堤真一)がこの店で出会い、再会して愛を深めて行く。
まず、素晴らしいセットデザイン(美術監督種田陽平/美術・矢内京子)に目を奪われ、隅々まで計算され尽くしたフレーミングが息を呑む程美しいキャメラ(撮影・柴主高秀/照明・長田達也)に唸る。的確なカット割りと、緊張感溢れる編集技術。セット撮影中心のドラマ構成。
これだけ真っ当にして最高の技術を示した日本映画は久しぶりで、嘗めるように見てしまった。前述のように、複数の太宰作品を編み込むという神業的な田中陽造脚本も冴えに冴え(苦しみに苦しんだか)、全てのスタッフワークの最高レベルを引き出した根岸演出は技能的ピークなのではないかと思う。
松たか子はベストアクト、傑作必見、これが恋愛映画だ。10月10日公開。