映画的日乗

映画、食、人。西に東に。

「解放区」監督・太田慎吾 at 元町映画館

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 キネ旬に寄稿された監督自身による製作から公開に至るまでの顛末の記事を読んで俄然観る気になって元町映画館の公開最終日に滑り込む。

 監督、というより主演も撮影も編集も兼任した「作者」と呼びたい太田慎吾氏がスヤマと名のつくテレビのアシスタントディレクターで、都内での引きこもり家庭の取材に取り組むところから映画は始まる。予め決めきっている物語に拘って取材を進めるディレクターは、単細胞で横暴な男にしか見えない。が、TVの製作陣には多いのだこのタイプは。そしてスヤマはディレクターに叱責されてこの現場を去り、かつて取材していた大阪、西成の不良少年達の現在を追う企画でディレクターデビューしようと大阪へ向かう。ここから、ミイラとりがミイラに、の如くスヤマは西成の釜ヶ崎という土地のカオスに飲み込まれて行く。ドキュメンタリータッチ、という手垢に塗れた常套句からはみ出ている事がこの映画の魅力だろう。東京と大阪のカットバックや時系列の組み替えなど映画的な手法からしてドギュメンタリーではない。覚醒剤の売人が演技者ではないように見えたが、公式サイトによるとそうではないようだ。しかし映り込む街の人々は確実に演技者ではないし、所謂撮影許可というものは無視しているのだろう、その分ヒリヒリした空気はよく伝わって来る。スヤマは純情でもなく正義漢でもない。脆弱だし狡い。かっこ良くもなくむしろ貧相である。しかしそれ故に全てが成立している映画であり、キラキラはしていないが暗闇に鈍い光を放つ。自らを光照らす深海魚のように。