第21回宝塚映画祭のプログラム。1956年宝塚映画。
プリント状態は良くないが音声は明瞭。
冒頭、出前を運ぶ女の子をキャメラが追う。撮影はかの黒澤明「姿三四郎」('43)のハリー三村こと三村明。何が素晴らしいと言ってこの法善寺のロケセット。続いて出前先の寄席から現れる春団治(森繁久彌)をキャメラは追う。女の子のお尻を触る、ええカッコして散財、借金、酒、喧嘩と猛スピードのテンポは水を得た魚森繁の芝居の力。
おたま(淡島千景)を強引に誘い、同棲、結婚。森繁=淡島と言えば「夫婦善哉」のコンビ。ロケセットの片隅に「夫婦ぜんざい」ののぼりがかかっているのがご愛敬。
極道者の春団治だが車夫を雇える身分に。この車夫の力蔵(田村楽太)の古い大阪弁が素晴らしい。力蔵は春団治が弄ぶ女性を陰に日向に味方する。
大映京都の木村監督は出向して宝塚映画の本作にあたったらしいがフルショットを多用する淡々とした流れの中、突如春団治の三番目の女とき(八千草薫、'56年当時25歳)を延々とアップで捉えるショットを挟む。想像だが、これはその清楚な美しさに監督が見惚れたのではないか。
一方「後家」と渾名されるおりゅう(高峰三枝子、東京出身なのに見事な関西弁)の家に入り浸る春団治。
放蕩が祟って進退極まり破産寸前のところを絶縁したおたまに救われる。おたまに礼を言いに行くがすげなく追い出され、今度は京都のときの所へ。一粒種の我が子に「父は死にました」と言われあげたこづかい銭を投げ返される。トボトボと退却する春団治の後ろ姿が既に衰弱していてやがて床に臥す。
死んだ力蔵が現れ「お迎えだす」。あら、これ見覚えあるなと記憶を手繰るとそうか幾度となくテレビで見た藤山寛美の舞台か。脚本は渋谷天外、なるほど松竹新喜劇。
監督が大映で脚本が松竹で撮影所が東宝。ごちゃ混ぜ大阪ものの元気の良さ。
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