6/30(金)公開『小説家の映画』オフィシャルサイト|ホン・サンス監督作品
映画監督に必要なものは、との問いに「勇気」と答えたのは鈴木清順監督だったか。
ホン・サンス、正に勇気の監督だと思う。本作も半径200mくらいの世界で展開し、そして唐突に終わる。
書けない作家、その先輩の古書店経営者、通りすがりの映画監督夫婦、これまた通りすがりのしばらく仕事をしていない女優。
ワンシーン、ワンカットは勇気がいる。ましてホン・サンスのキャメラは殆ど動かず、当然切り返しがない、片面だけで押し通す。
ここにストーリーを記述しても詮ないほど単純なお話し、そしてお話ではなく「不意に漏らした言葉」がもたらす人間同士の感情の化学反応に重きを置く。
映画出演を断っているのか、それともオファーがないのか分からないが仕事をしない女優(キム・ミニ)に映画監督の男は言う「勿体ないよ」。この言葉に噛み付くのが作家(イ・へヨン)。勿体無いとは何事か、と。
ようやくカットが変わって作家と女優が公園の公衆トイレから出て来る。作家は「映画を作りたい」と言い出す。
映画学校に通う女優の甥っ子がやって来て、映画づくりの話しをする。
この、公衆トイレの外側の壁にカーブミラーのような鏡が付いていて、そこに首から下だけだがスタッフが一人映り込んでいる。ワンシーンワンカットが延々続く中、このスタッフはジャケットのポケットに手を入れたりする。ホン・サンス本人かも知れない。
これはミスではないだろう。ホン・サンス的勇気、ホン・サンス的確信犯。映画を撮ることを話し合う人を撮る映画(監督)という合わせ鏡の幻惑。キアロスタミの映画に同じようなシーンがあったなと思い出す。
古書店での飲み会。そこにいたのは老詩人。作家に「昔はよく飲み歩いたね」と繰り返すが彼女は受け流す。何かあるなと感じさせる妙味。
外で電子タバコを吸いながらの彼女の告白が良い、巧い。案の定「何かあった」のだ。
作家と女優とその甥っ子の映画撮影の様子はあっさりオミットされ、試写会のシーンとなる。
ここまでモノクロで通して来た画だが、上映される映画にだけ色がつく。
何という事のないその映像の断片。
作劇によるエモーションのうねりとそれによる観客の情動を全て消し去って行くホン・サンス。強固にして軽やか。