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「天才ヴァイオリニストと消えた旋律」監督フランソワ・ジラール at 神戸国際松竹

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www.imdb.com  邦題は2時間ドラマみたいな安っぽさで多分来週には忘れているだろうが、原題は"The Song Of Names"、名前の歌。Namesと複数形になっているところが肝要で、本編後半でその意味が分かる。

 不見識の恥を晒すが、ユダヤ教は布教をしない、ということをごく最近知った。家族親族で伝承するしかないのである。さすれば本編のドヴィドル・ラポポート(クライヴ・オーウェン)の台詞「強制収容所で最も恐ろしいことは、自分の死ではない。家族が殺され一族が絶やされてしまうこと」の重みが伝わる。

 1939年の世界大戦勃発、1951年のロンドンでのコンサート、そして1986年のロンドン、ワルシャワ、NYと時間軸と場所が目まぐるしく入れ替わるが分かりにくいということはない。むしろヴァイオリンの弦を拭く松脂を染み込ませた帛紗のようなものが時代と時代を繋ぐ、劇中の言葉を借りればChain(鎖)のように繋いでいるのは巧い。

 1951年のロンドン、晴れ舞台のコンサートをすっぽかすドヴィドル・ララポート。

少年時代の彼を演じるルーク・ドイルは俳優ではなく本物のヴァイオリニストだそうだ。

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 差別をはねのけるかのようにいつも顎を斜め上に突き出していた少年ドヴィドル、失踪した彼を追うマーティン(ティム・ロス)。マーティンの父はドヴィドルの才能に惚れ込み、ひと財産つぎ込む。上流英国人の本物志向、気概。

 一方マーティンはそんなドヴィドルに嫉妬と羨望のないまぜになった、友情とも愛情ともつかない複雑な感情を持っている。ティム・ロスがこの複雑な感情を落ち着いた演技で魅せる。

 1986年、マーティンはドヴィドルの足跡を求めてワルシャワに渡り、トレブリンカ強制収容所の跡地に辿り着く。そこに確かに彼はいた。新しい情報を得てNYへ。そこでようやくドヴィドルの行方を突き止める。

 ユダヤ教を捨てたはずのドヴィドルは長じて(ここからクライヴ・オーウェンが演じる)厳格なユダヤ教徒に変貌していた。NYのコーシャレストランに誘ったマーティンに「俺から言わせたらここはコーシャじゃない」と何も食べない。

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 さて。では1951年の失踪の理由は? これは本編を観ていない人の為には伏せておくべきなので記さない。神の誘いであり、神の導きであるという事だ。

 ラスト、ベタに回想を重ねてしまっているが気持ちは分からなくもない。

 クラシック音楽を命懸けで守り、育て、愛しむという欧州人の気概は、延々と続いた飢餓と戦争に塗れた歴史の中で、芸術と音楽が唯一の救いと癒しであったからである。我々とは性根が違う事を思い知らされる。

 メイキング動画。コンサートのシーンはハンガリーブダペストロケだった事が分かる↓