ウォーフェア 戦地最前線|FILMS|A24×Happinet Phantom Studios
戦争をモチーフとして扱う映画は「戦争映画」と言うジャンルに括られがちだが、「バルジ大作戦」('65)や「戦略大作戦」('71)がそれだとしたら、「地獄の黙示録」('79)を経て「プライベート・ライアン」('98)を経てジャンルとしての「戦争映画」は随分と包括的になってヒロイックな時代から厭戦の時代までをも含むことになった。
そしてその表現手法はテクノロジーの進化と描く時代の作家性によって常に上書きされている。
スピルバーグ「プライベート・ライアン」はその後の「戦争映画」の表現として草も生えない程のバージョンアップを果たしてしまったが、さて本作「ウォーフェア」、直訳すると「戦争」である。新たな上書きへの挑戦のようなタイトルである。
2006年のイラク戦争が舞台。
イーストウッド「アメリカン・スナイパー」(2014)の描かれた時代と同時期だ。「アメリカン・スナイパー」と同じく超望遠の狙撃銃が出てくるが、イーストウッドがズームレンズで捉えたその世界と異なり、本作アレックス・ガーランド監督はレンズを縦には動かさず、キャメラもフィックスを多用し、客観性を強調する。
ネイビーシールズ一小隊が現地に赴任、彼らについてキャラクター説明もなく、バックボーンも描かれない。が、それでもアラビア語を解する兵士が二人いることは分かり、彼らが通訳となってある一家の家屋を強制的かつ暴力的に接収する。
一家に「何もしない」と言いながら家の二階の壁を既に勝手に壊している理不尽。
そしてこの壁を壊したことで事態が悪化するアメリカンな無計画。ここで小隊が状況を連絡し合うとそれをいちいち手書きでメモする描写は映画で初めて観た気がする。
当初周辺を超望遠狙撃銃で監視していた筈の彼らは実はヒタヒタと多勢の敵勢力に取り囲まれていた。イラク側が「これから攻撃する」というのをわざわざスピーカーで放送するのは不利な筈だが周辺住民を避難させる為であり、彼らの方が正々堂々である。
その放送後一気に戦闘が始まる。ヒロイックな描写はなく、爆弾で吹っ飛んだ足が何度も映り、挙句その足が戦車に踏み潰されるのを見せる。位置情報を懸命にメモしていた兵士は精神に異常を来たし俯いたまま。痛みに絶叫する負傷兵のそばでぼんやりと立っているしかない兵士もまた正常な判断力を失っている。
リドリー・スコット「ブラックホーク・ダウン」(2001)と似たような状況だがスコットが美意識を隠せないのに対して本作はひたすら生々しい。
弾が左右に通過する音や爆風で耳がつんざかれ全ての音がくぐもって聴こえるという音のリアリズムが徹底している。
負傷兵の搬出、撤退で戦闘は終わる。米側にとって何も利することがない戦闘であった。イラク側もまたそうなのかも知れない。
理不尽に家を奪われ、勝手に二階を吹っ飛ばされた一家は命が無事だったのは幸いだが、怒りをぶちまける母親、歯を食いしばって耐えていた娘のトラウマはいかばかりか。そこをエピソードとして後1分でも観たかった。
エンドロールには撮影現場に現れた実際の元兵士の笑顔もあれば、顔をボカして映る元兵士もいる。最後に映るイラク人一家は当然のようにボカされた写真一枚だけであった。せめて消息は分からなかったものか。
