映画和日乗

映画、食、人。西に東に。

                         

「太陽」監督アレクサンドル・ソクーロフ at 銀座シネパトス

先に言ってしまうが、極めて重要な映画だ。ひとりでも多くの人が見た方が良いと思う。キリストもヒトラーも、仏陀毛沢東も描いて来た映画という芸術に於いて、有史以来初めて正面から描かれる天皇裕仁。この裕仁天皇(イッセー尾形)の「一日の行動予定」から映画は始まる。侍従(佐野史郎)が述べる、「お上のご予定」。戦争末期、彼の朝食は完全な英国風だ。脂汗を垂らして本土決戦を叫ぶ陸軍相との御前会議の後、白衣に着替えた彼は、平家ガニの標本に魅入られる。この落差、この無垢。「午睡」もとる。知らなかった、見たことのなかった世界が始まる。
天皇は極めて孤独であり、「神」であるからには誰も指図、サジェストもしない。皇后も皇太子も疎開している。空襲避けに地下壕にこもり、陽は極端にあたらない。が、彼は沈鬱でありこそすれ激することはなく、淡々と思想家の如くつぶやき続ける。戦争の理由を、そして平和を。
戦後、マッカーサーとの会見。天皇に忠義を尽くす米軍通訳を制して英語で語りかける裕仁天皇の知性と無邪気に、マッカーサーは「この人物がかの憎き敵であったのか」と拍子抜けしてしまう。我々はこの描写をもって彼の免責を感じ取る。学者を呼んでの天体問答の嬉々とした表情、ちょっとしたジョーク、チャップリンの物まねまでする愛すべき道化ぶり。ロシア人、ソクーロフ監督は「この曖昧な憎き敵」をことほど左様に愛情を持って描いて行く。
彼は戦後の人間宣言に於いて自らを解放する。疎開先から戻った皇后(桃井かおり)の胸元に頭をうずめ、それを語る天皇に、皇后は応える。「そうだと思ってました」。安堵する天皇。この瞬間にささやかなる喝采を送ってしまうかも知れない我々に、ソクーロフはきちんと落としまえの矢を放つ。この後のラストシーンが素晴らしい。
イッセー尾形の名演は国宝級。全てサンクトペテルブルグロケ、HDVのルックは完璧に美しく、空襲で瓦解した東京の描写には息を呑む。傑作、必見。