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「スパイの妻」監督・黒沢清 at OSシネマズハーバーランド神戸

wos.bitters.co.jp 太平洋戦争前夜、1940年の神戸の貿易商夫妻の流転を描く。

 黒沢清単独の脚本ではなく二人のクリエイターを加えての共作、この点が本作を面白くしている要因だと思う。見慣れた黒沢清タッチではない。

 元はNHKによる8Kデジタル撮影作品としての企画。近未来の最新映像技術を使って描かれたのは二本の9.5ミリパテフィルムを巡る物語。キネマ旬報10月下旬号の監督インタビューのインタビュアーが「映画(フィルム)の保存についての映画」と看破していて膝を打った。

 冒頭、9.5ミリフィルムでお遊びにしては凝ったホームムーヴィを撮っている福原夫妻(高橋一生蒼井優)、そして甥(坂東龍汰)。8ミリ映画から今日のキャリアを築き上げた黒沢監督の、この大作に挑むに当たっての映画監督としての矜持、と思ったが今更そういう事でもない、とすぐに思い直す展開。

 溝口健二の名前や山中貞雄のフィルムの断片を挟んで、今日8Kというメディアへと到達した映像メディア史をそこはかとなく意識させる。

 有馬温泉の宿に籠る甥からある資料を託された福原夫人・聡子の顔が文字通り変貌する瞬間がある。蒼井優が役者の力を見せつけ、ここから彼女の疾走が本編を牽引する。

 あっと驚くフィルムを巡るどんでん返しの瞬間に吐く聡子の台詞には鳥肌が立った。

 その直後、そのどんでん返しを仕掛けた夫の渡航のシーン、ここでこの物語を終えるという手もあったと思う。しかし黒沢清が描く「この後」に於いて、そしてまたしても聡子が語る狂気についての台詞によって、現在の「戦前」日本に重ねる。この台詞を書き、千両役者と化した蒼井優に語らせた事が意義深い。主演賞確実。

 80年前の神戸の風景を現在の街並みから苦心惨憺してチョイスしているのが分かる。映ってはいけない物などはCGで消したのだろうがそれでも左右の動きが狭く感じる。一点不思議だったのはこの時代にしては映画全体が完全禁煙な点。

 ともあれ見応え充分、地元ハーバーランドの映画館は満席。

 佳作、お勧め。