北九州、黒崎という地名が出て来る。主演の光石研の故郷とのこと。
映画では最早寂れてしまっている様子がよく分かる。地方都市はどこでも同じ事情である。
この町の定時制高校の教頭・末永(光石研)のひとときの物語、いや物を語るというほどの出来事は無い。
その平凡な日々と映画では直接描かれてはいない連綿たる平凡な過去が澱のように溜まったかのような光石研の貌。
町から出る事のなかった末永と同級生でバイクの修理店を営んでいる石田(松重豊)。
当人だけでしか分からないようなドメスティックな会話なのに、どこの誰にでも当て嵌まる感情のササクレを描いていてグッと来る。世代を選ぶかもしれないが。
認知症、とはっきりは描かれないものの末永は少しづつ記憶を失って行く様子が痛々しい。
過去の家族の幸福な思い出を口に出して承認欲求を露わにする末永に対し妻(坂井真紀)も子も覚えているはずの思い出をまるで無かったかのように同調しない。
妻は他に男がいるかのような台詞があったが、だとすると家族は崩壊しているがそこに諍いはない。
教え子(吉本実憂、好演)が町を出る、と末永に語るラスト。
何か言ってよ、と末永に向かって呟く。延々と続く長い間合いの会話。先生らしく、教え子が風俗店に勤めようとしているのに止めてよ、とは言葉にはしない教え子の哀感と諦観の目つき。
二ノ宮隆太郎監督、小さな町の平凡な人の寂寥を言葉と間合いだけで見せ切った。
彼ら彼女らの言葉がいちいち突き刺さって来るのは私が光石研と同世代故か。
エンドロールのキャスト欄、光石何某の名前があり、えっとなる。
末永が冒頭と後半に介護施設に見舞う父親は演じる光石研の実父だったことを後で知る。故郷で親子でこんな素敵な映画に映った、幸福な俳優だな。