映画的日乗

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「ファーザー」監督フロリアン・ゼレール at シネリーブル神戸

www.imdb.com 本作で主演のアンソニー・ホプキンスは二度目のオスカー受賞。その娘を演じたオリヴィア・コールマンもこれまた二度目の受賞。

 監督・脚本のフロリアン・ゼレールは1979年生まれのフランス人。もともとは戯曲で、ゼレール監督は本作が長編映画初監督。映画化に当たって主人公の名前を演じるホプキンスに敬意を込めて同じアンソニーという名に書き換えたそうだ。

 認知症、あるいは老いによるせん妄を描く映画は多々あるが、その当事者側からの視点で描いているのが新味。これはなかなか思いつかないし、思いついても「認知症から脱することが出来た経験者」など居ない訳で「死後の世界」を一回死んだ人が生き返って描くに等しい。

 ゼレール監督の身内にその様な人が居た事を想像するに難くない。人物を想像で描くのではなく類い稀なる洞察力で認知症の当事者の世界を顕在させたと言える。

 舞台劇らしくアンソニーの家、娘アンの家、そして介護施設の三つのセット、そしてキャメラはそこから殆ど外には出ない。

 このセットが見事なのだ。アンソニーの家のキッチンの静謐さ。ただ紅茶を淹れているだけのアンソニーの長いワンカット、不当に長いぞと思ったら次のカットで彼の「記憶の途切れた世界」が現れる。見事な空間と時間設計だ。

 観客はアンソニーの脳内で「認知」された矛盾した時間の流れに巻き込まれる。記憶が欠落していても本人には当然自覚がない。体が不自由という訳ではないので他人が介添することでプライドが傷つく。一方、深く刻まれている昔の記憶と悲しみ故に蓋をされている記憶が結びついている。ここでは事故で亡くなった次女についての記憶がそうだ。

 そしてラスト、これが本当の二度童(にどわらし)というものなのか。演じるアンソニー・ホプキンスのあまりの自然さ故に心揺さぶる演技に息を呑む。

 傑作。お勧め。