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「ファイナル アカウント 第三帝国最後の証言」監督ルーク・ホランド at シネリーブル神戸

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 監督のルーク・ホランドは本作の完成後2020年に死去。IMDbのデータベースによると一貫してナチスの過去を追う作品がフィルモグラフィに並ぶ。

 9時間余の気の遠くなる程の労作「ショアー」(1997)の中に、強制収容所の看守が、大量殺戮が行われていたなど知らなかったとしらばっくれるシーンがあったのを記憶している。キャメラを向けられるとかえって人間はしらばっくれている事が如実に伝わるものだとこれを観た時に思ったものだ。


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 さて本作はかつてナチスの教義に熱狂したドイツ人が語る「その時私は見た」である。が、ユダヤ人排斥については一様に自らの「直接の」関与を否定する。

 ただ一人それを認め、ドイツ人として恥じる、と大学生達とのシンポジウムで語る人物がいる。が、ドイツ人としてなんて、そんな事今の僕らも背負う義務はないと反論する学生。彼に対して色を成して罪の重さを訴えるその姿が本作一番の見どころであった。

 かつてのナチスの残党達は自らを悔い改めることがアイデンティティの崩壊に繋がる事を自覚している。恐らく90歳を超えている彼らは、親衛隊に選ばれし優越感、国家の一員として上位にいた事が「心の支え」なのだ。これは我が国にも蔓延る歴史修正主義者の性根の弱さにも繋がる。

 クリスタルナハトで焼き討ちに合うシナゴーグを見て「何とも思わなかった」「当然だと思った」と言いながら、これを記録されるとまずいと思ったのか「彼ら(ユダヤ人からすると)犯罪だね」と言い直す人。

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 何故ユダヤ人は嫌われていたのか、という監督の質問に「金儲けがうまく、鉤鼻だから」となんら科学的でも論理的でもない理由を答える人。

 彼らに抜き差し難くある反ユダヤ主義の源流は、この程度のしょうもない風評だけなのだろうか。本作はそこへは尺を費やさない。

 誰も泣いて詫びる人はここには一人もいない。オーストリアの老人ホームの女性達は虐殺の話しをしているのに我も我もと話しが被るほど喧しい。お茶を飲みながら。

 だから何なの?と言いたげな彼ら彼女らの風情に、単なる非難だけでは解決しない人類全体の課題が露呈する。