映画的日乗

映画、食、人。西に東に。

「MINAMATA」監督アンドリュー・レヴィタス at OSシネマズハーバーランド神戸

www.imdb.com  何と北米未公開らしい。理由はこちら↓ 日本は先行公開のようだ。

theriver.jp

 私にとっての水俣病についての記憶ははっきりしている。

 本編でも登場するモノクロの記録映像は嘗てはテレビなどで頻繁にオンエアされていた。
 また企業による有害物質の垂れ流しは何もチッソに限らない時代に生きていた。

 光化学スモッグは日常だったし、森永によるヒ素ミルク中毒事件もその経緯が刻一刻報道がされていた時代だった。

 だから冒頭の子守唄からユージン・スミスの撮った母娘の写真は瞬時に想起することが出来た。素晴らしい色彩と構図に息を呑む。

 水俣に着いたばかりのユージン(ジョニー・デップ)の前に現れるアコーディオンの青年を照らす黄色い照明。

 夜のアンバー、朝の障子越しの美しいブルー。撮影監督ブノワ・ドゥロームのキャリアを調べると「青いパパイヤの香り」('93)の人。宜なるかな

 素晴らしく詩的で力強いルック。

 足の不自由なシゲル(青木柚)がユージンからカメラを受け取り、笑顔になる辺りから涙が止まらなくなる。

natalie.mu

 色恋抜きでアメリカ人がこんなに東洋人に優しい眼差しを向けたアメリカ映画が嘗てあっただろうか。

 顔を撮るな、という患者に眼差しを撮らなければ(写真を見る者の)共感は得られないと言うユージンにパートナーのアイリーン(美波)は間を置かずに言葉を返す。「あなたが(患者に)共感するのよ」

 冒頭の娘に子守唄を歌う姿は、後半、母の写真を撮る過程へと繋がる。

 父親(浅野忠信、好演)から娘を撮るなと言われていたユージンはやっと彼等の共感を得る。その姿勢は鬼気迫り、宗教画の如き崇高さを湛える。

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 経済第一主義と人間としての倫理の分断は、ここで始まってここで終わってはいないことを映画は詩的な美しさのバランスを崩すギリギリで最後のエンドロールに至るまで訴える。

日本映画がこれを創れなかったのはその分断の片側に与しているからである。

 傑作、必見。平日昼間に満席だった。

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