日本語字幕翻訳の人の名前がプロデューサーとしても名を連ねている。門脇麦が出ている事と関係しているのかも知れない。想像だが、日本でのセールスを念頭に入れての事であろう。
1989年から1990年の台湾が舞台。
1987年に戒厳令解除、政治体制が変わった台湾にこの映画で描かれているような投機バブルがあった事は知らなかった。
そんな時代の風景は、流石に古いものを大切にするこの国でもなかなか見つからなかったのであろう、坂の多い街でロケされているが、地名は架空の「保成」となっている。主人公の廖界(白潤音)が常に提げている鞄に記された「保成國小」は実在しない。
舞台となっている坂の多い街は、調べてみると新北市萬里区らしい。
幕開けは高級料理店の厨房。その一角で宿題をする少年と、忙しく給士長として働くその父親、廖泰來(劉冠廷)。彼らの置かれている立場を言葉を使わずに示しているこのファーストショットから引き込まれる。
父泰來は元はテーラーだったようで、息子の礼服を仕立てる。そして病没した母は理髪師だった。まさしく三把刀のうちの二刀。これは彼らが外省人であることを匂わせているのであろう。
借家暮らしの廖父子、つましい生活をしているが息子の界は亡き母の営んでいた理髪店を開業すべく事あるごとに家を持ちたいと父に懇願する。
真面目一方の父泰來は料理店に元カノ(門脇麦)が来ても特に反応しない。
この元カノの設定がどうも「余計」で、中国語の音声も吹き替え、「Merry Christmas」だけ現場音声を使っているように見える。
さて、物語は、界少年が大家主の「老狐狸」こと謝社長(陳慕義)と出会うことで動きだす。
この北野武に似た謝社長、いちいち含蓄に満ちた言葉を吐く。冷徹な金銭哲学は少年を急速に感化させて行く。街の顔役に憧れる少年というのはロバート・デニーロが監督した「ブロンクス物語」('94)を思い出させる。
日本の豊田商事事件のような投機詐欺事件が露呈した夜に起きる暴力と死のカットバックの鮮やかさ。
謝社長の暴力はやっぱり北野武に見えて仕方がなかった。また彼が不意に放つ過去の回想と現在でのふた言の日本語に、壮絶な生い立ちとその生きた時代を垣間見る。
冷徹なゼニ道と無償の父の愛を天秤にかけつつ、ラストの2022年の成人した廖界のバランス感覚にニヤリ。
時代を再現したセットデザインも秀逸。
佳作、お勧め。客は入っていないが嘘くさい観光商売台湾を描いてヒットしているアレより数段上等。