クリスティアン・ムンジウ監督、この監督の「4ヶ月、3週間と2日」(2008)は怖い映画だった。
自分の記事を読み返すと本作「ヨーロッパ新世紀」の演出と重なる部分が多い。
冒頭、羊の屠畜から始まり、出稼ぎ移民と思しき中年男性マティアス(マリン・グリゴーレ)が若者に差別的なことを言われてヅツキを喰らわせ、逃走する。後で分かるがそこはドイツ国内のどこか。
場所が変わって一人森を歩く少年。
ブールートーンのルック、寒々しくきっと映画が終わるまで晴れないのだろうと予感させる暗鬱な天候。
映画史上少年が森を一人で歩いていて良いことがあった試しはないのではないだろうか。案の定「何か」を見てしまって以来、家に帰って両親と口をきかなくなり、納屋に逃げ込んだりする。彼の父親が先にドイツから逃げたマティアス。
マティアスの故郷の村はルーマニア、トランシルヴァニア。物語が進むうちに分かるが、住民はハンガリー系とルーマニア系に分かれている。宗教は東方教会だと思われる。
ムンジウ監督はカットを割らず、ワンシーンで押し通す。従って切り返しがない。しかもフィックスを多用するので、じっと人々を観察しているような印象を残す。
村に巻き起こる移民排斥問題。ルーマニア語、ハンガリー語、更には英語とフランス語が飛び交うがそれらヨーロッパ系の言語は通訳無しに通じていて、日本語字幕は言語毎に色分けされて表示される。
しかし移民労働者たるスリランカ人の言語には字幕が付かない。勿論意図的にだろう、言語が通じないことが分断の一番地である。
移民排斥についての集会、10分以上をフィックス、ワンカットで描く。その臨場感は見事でそれぞれ帰属する国の言語による応酬がハイテンションで続く。差別に反対するリベラル派は劣勢で、野性熊保護を標榜するフランス人のNPOは頓珍漢ですらある。
そんな中、どっちつかずなマティアス。移民をバイクに乗せて現地に運んだのに、移民排斥の集会で民族主義者が署名簿を書くのに自分の背中を貸す。
性欲しかないような行動、子供想いだが妻には男性優位を叫ぶ。森達也「福田村事件」にもいたようなキャラクターだ。
ラスト、そんなマティアスは「全てを失って」路頭に迷ったかのように猟銃片手に夜道を進む。ここまで厳密にリアリズムを貫いて来たムンジウ監督は突如シュールな世界に跳ぶ。
その瞬間は、回答でもなければ帰結でもない。ただ闇に光る目があるだけだ。
佳作、お勧め。