映画的日乗

映画、食、人。西に東に。

「おかえり、ブルゴーニュへ」監督セドリック・クラピッシュ at シネリーブル神戸

www.imdb.com  開巻、あれこれ似たような映画あった、同じブルゴーニュが舞台で、と観終わってから記憶を辿ったら「ブルゴーニュで会いましょう」('16)だった。

 

  あれは父と一人息子がワイナリーを立て直す話だったが、本作は父の死後、10年ぶりに帰還した長男と次男と長女が莫大な相続税の為にワイナリーをどないかせんといかん、と協力し合うというお話。

 とにかく兄弟が仲良いんだな。こんなに仲良いもんなのですかね、そこさえ感情的にシンクロすれば悪い映画ではない。「未来の食卓」('08)でも指摘されていたワイナリーの従業者が農薬の影響で癌に罹患する確率が高い、という問題も描かれている。

映画『未来の食卓』公式サイト

 次男の嫁とその両親を巡る「親離れ」「子離れ」問題は山田洋次調で、ほほうフランスのような個人主義の国でも田舎では日本とそんなに変わらん問題があるのかと微笑ましくも興味深かった。そういえば、映画全体に通底する家族愛は松竹大船調じゃないだろうか。

 

 

「ボーダーライン:ソルジャーズ・デイ」監督ステファノ・ソッリマ at 神戸国際松竹

https://www.soldado.movie/discanddigital/#home

 2015年の傑作「ボーダーライン」の続編。脚本は今売り出し中のテイラー・シェリダンが前作から引き続き、だが監督はお忙しヴェルヌーヴからイタリアのステファノ・ソッリマに変わった。

 再びメキシコ国境を巡る麻薬戦争かと思いきや、イスラム過激派テロリストを米国内に送る不法移民ルートを巡る戦いが描かれる。ヴェルヌーヴが斬れ味鋭い名刀ムラマサだとすればソッリマは重い牛刀といったところだろうか。斬れ味、よりはガツンガツンと重みでぶつかって来るアクション。さて今回のアレハンドロ(ベニシオ・デル・トロ)怒りの銃弾、冒頭で悪徳弁護士を血祭りに上げる以外は観客の期待をスカすように16歳のカルテルのボスの娘の守りに徹する。一方、相方ジョシュ・ブローリン演じるCIA捜査官の方の方があの手この手の処刑手口をみせて痛快。が、ちょっと話がとっ散らかったか、娘を誘拐されたボスが一度も登場しないので怒髪天を抜くかのような悪党の怒りが伝わってこない。そこと繋がっていてCIAを裏切るメキシコ軍も弱いし、彼らもまた顔のない存在だ。関係ないが「ワイルド・バンチ」('69)のメキシコ軍はもっと憎たらしかったな。

 観る側の共感を一身に背負うヒーローたるアレハンドロを、続編(第3作)を作るにあたり殺す訳にはいかない、が、それでは後半のテンションがと苦心惨憺した演出だろう、やや無理筋。全体的に寸止めな印象、全てはシリーズ化の為のプロデュース事情か。

それにしてもヨハン・ヨハンソン、惜しい人を亡くした。

 

The Beast

The Beast

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A Simple Aventure Story ,Sam Peckinpah,Mexico and The Wild Bunch.

 

時代文化みらい機構主催「みとりし」特別試写会

伊丹発NH18便で羽田空港着。

ユナイテッド・シネマアクアシティお台場にて「みとりし」特別試写会。

 

終映後、榎木孝明氏と対談。

羽田空港よりNH39便で帰神。

 

「ガンジスに還る」監督シュバシシュ・ブティアニ at シネリーブル神戸

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  来年公開の私の映画「みとりし」の企画段階で、企画・主演の榎木孝明さんからこの映画に描かれているインド、バラナシの「死を待つ人の家」の話しを聞いていた。榎木さんは実際にここに行かれたらしい。死を待つ人が集う場所を描く本作は、それほどすぐには死にそうにない男ダヤ(ラリット・ベヘル)がここへ来たがるというシニカルなイントロ。その息子ラジブ(アディル・フセイン)が付き添ってバラナシまでやって来るが、携帯電話が鳴り止まない絵に描いたようなビジネスマン。ひと呼んでホテル・サルヴェーション、そこは死を待つ部屋を二週間の契約で借りる。しかし18年いる、という女性がいてどうやら二週間ごとに契約更新できる事がわかる。ブティアニ監督はしばしば広いフィックスのマスターショットでその部屋を捉え、淡々とした日常だが却ってそれがダヤの生活を活き活きさせていることを見せる。ここでも、仕事と家族に縛られて常に神経質でいる息子と対比し、どちらが人間らしいのかとシニカルな視点で描く。

 さて、死を意識する事で、限りある時間を慈しむという人間らしさを取り戻すこのホテルの住人だが、あっけなく、次から次へと「解脱」して行く。遺体は、川岸で焼かれ、遺灰はガンジスに流される。生きていることと死ぬ事が川の流れで繋がる。この映画では苦しんで死んで行く人が一人も描かれない。死は苦行ではないというモチーフはそれが真実であるかどうかは兎も角、ここではとても明確なのが強烈に印象的。

Mukti Bhawan (From

Mukti Bhawan (From "Mukti Bhawan")

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「ボヘミアン・ラプソディー」監督ブライアン・シンガー at TOHOシネマズ西宮OS

www.instagram.com大ヒット大絶賛、この日も満席。

ミュージシャンの伝記モノというのは古今東西パターンがあって、無名時代→ヒット→バンドなら内輪揉め、ソロならレコード会社と軋轢→挫折、もしくはドラッグ、酒に溺れる→立ち直る→そして数年後、という図式。これに異性関係が絡む。本作では同性だが図式通りであり、取り立てて凝った構成になっている訳ではない。では何故大ヒット大絶賛かとなるとクィーンというバンドの存在が決定的にレイ・チャールズともスリー・ディグリーズとも違う、「いつもファンの側にあった」親しみやすいポピュラリティと、どこかしら歌舞伎的な艶やかさと悲哀とのない交ぜの感覚を持った特殊性にあるような気がする。だからクィーンの観客と共にあろうとする姿は丁寧に描かれている。

ラミ・マレックの成り切りぶりも、本人の努力の賜物ではあるが、英米の俳優なら誰しもそのくらい死ぬ気でやる筈だ。この映画の魅力は成り切りそっくりショーという点ではない。クィーンの輝きを丸ごと捉えた音とパフォーマンスの素晴らしさなのではないか。素晴らしきオリジナルの忠実な再現である。ライブ・エイドの再現がそれに尽きていて、33年前の実際の映像を現代の最新鋭の撮影機材で捉え直すことに徹している。クィーン乃至フレディ・マーキュリーへの解釈ではなく、こんな事がありました、という歴史再現に徹している点がかえって良かったのだろう。

 佳作、もう言わんでも観に行かれるだろうがお勧め。


Queen - Live at LIVE AID 1985/07/13 [Best Version]

 

「すもも」監督・井上泰治 at 神戸アートビレッジセンター

jidai-geki.wixsite.com  テレビ時代劇のベテラン監督による自主制作時代劇。井上監督とは映画監督協会でお世話になっている縁と、本作のスタッフに私の「神戸在住」のスタッフが関わっているので拝見。

 なるほど、テレビドラマとしては成立しにくいであろう、不運に見舞われ流転する侍のお話。不幸な事故で差別される側となった侍が、それでも自らの身分を無意識に翳して他者を差別してしまう。歴然とした階級社会がやがて終わりを告げる明治維新の年が映画のラスト。主人公は身を以て教育の大切さを訴える。教育の機会均等が崩れてしまった現代、格差社会と無知による偏見、争いの根幹にそれがあるというメッセージのメタファーであることは充分伝わってきた。

「止められるか、俺たちを」監督・白石和彌 at テアトル新宿

www.tomeore.com   若松孝二監督の作品は「水のないプール」('82)「キスより簡単」('89)「我に撃つ用意あり」('90)「寝取られ宗介」('92)と好きな作品も多いが、期せずしてご本人に初めてお目もじしたのが、映画監督協会に入会して初めての京都例会の折だった。1996年だったと記憶している。何と本作「止められるか、俺たちを」にも登場する大島渚監督とご一緒だった。大島監督から「今、幾つ?」と問われたので「29です」と答えると、横にいた若松監督が「俺が29の時はなぁ」と話し出して、どんなことを教えてくださるのかと思ったら例会の挨拶が始まってしまって聞けずじまいだった。今Wikiの年表を見ると、1936年生まれの若松監督が29歳というと1965年、「胎児が密漁する時」が'66年で「犯された白衣」が'67年。「29の時はなぁ」の続きは「最も過激だった」と続いていたのかも知れない。

 そんな若松孝二率いる若松プロの'60年代末と'71年までを描く。監督の著書「俺は手を汚す」が愛読書だった私には、この映画のラスト、赤バスが出発した後の顛末も知っている。エピソードの中心になるのは急逝した助監督、吉積めぐみ(門脇麦)。ストーリーというよりエピソードの連続、グラフィティだ。そして殺気立った政治の時代の空気は削ぎ落とされ、どちらかというと楽しげな青春群像であって暗くもなければ重くもない。映画制作現場のあれこれは思い当たることもあって笑ってしまう。足立正生監督(山本浩司、好演)がカットを割っているのを横入りして「ダーっとワンカット!」と撮り始めてしまう若松監督。普通そんなことはあり得ないのだが、このお二人の関係の中では許せたのだろう、大笑いしてしまった。

 井浦新の絶妙の東北訛りが映画全体を温かく包む。連合赤軍日本赤軍のメンバーは登場するだけで事件の予兆すらない。本当はもっと暴力的な局面があったはずだが、「こんなことがあったのだ」という羅列ではなく、あの頃の人々のひとつひとつ、一人一人の関わり合いの温もり、優しさを伝える方に重点が置かれているように思う。

 10月17日、若松監督命日、劇場満員。自分の世代的には「カメラを止めるな!」よりこっちだ。佳作、お勧め。


若松孝二生誕80年祭「甘い罠」公開記念 足立正生監督「『甘い罠』と初期の若松プロダクション」

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