映画的日乗

映画、食、人。西に東に。

「万引き家族」監督・是枝裕和 at TOHOシネマズ西宮OS

gaga.ne.jp  劇場はほぼ満員。先に言うが、これまでの是枝作品のいくつかの延長線上にある作品なのだがパルムドールを獲るとこういう「入り」になるという映画民度もへったくれもない付和雷同の国民性は治らんのう。

 後半、大雪が降り、その翌日擬似親子の別れのシーンがあり、そこに名残の雪がある。雪を降らせたわけではなく、雪が降ったことで変えられた可能性の高い演出である。これまでも「幻の光」('95)で奇跡のような雪の降り始めをとらえた是枝監督は、なるようにしかならない、ではなく、なるように仕掛けて行く、仕向けて行く天才であろう。虐待を受けている女児の「仕向けられぶり」が凄まじい。どこにあんな子がいたのであろう、その見つけた奇跡もまた監督力である。

 内容としては昨今の新聞記事、社会問題をリンクさせたものだ。貧困、は殊更今の時代の現象ではない。なのでどうしても川島雄三の名作「しとやかな獣」('62)の万引きならぬ詐欺師家族を比較してしまう。あの映画の父・伊藤雄之助の言葉は、二度と戦後の飢餓の時代には戻りたくない、だから人を騙してでも生きるというものだった。此方の父・リリー・フランキーは「これ(万引き)しかできない」と言う。この受け身はどこから来るのか。

 同じく英国の貧困を描いたケン・ローチわたしは、ダニエル・ブレイク」('16)の方が怒りは激しい。是枝さんは江戸っ子の品の良さが顔を出す。

「30年後の同窓会」監督リチャード・リンクレイター at シネリーブル神戸

www.facebook.com  映画が始まってしばらくして強烈な既視感に囚われ、それが即座にハル・アシュビーの「さらば冬のかもめ」('73)である事を自覚したが、観終わって検索したところ原作者が同じだった。そういう事か。

 ずっと曇天のグレーがかったルック。陸軍士官学校を描いた「長い灰色の線」('55)という映画もあった。関係ないか。イーストウッドの「15時17分、パリ行き」('18)で描かれる「英雄」と、立場は同じなのに全く意味の違う「英雄」が描かれる。イーストウッドが普通の若者の稀有な体験、を「明るく」描いたのに対し、第二次世界大戦以降、恐らく全米中で遭遇したであろう普通の若者とその家族の寒々とした悲しみが描かれる。

 リンクレイターはダイアログに特異な才能を発揮する人で、ここでも時にダラダラとどうでも良い会話を展開する。しかし、やがてそれはイラク戦争で顔を跡形もなく吹っ飛ばされた21歳の青年がそんな無駄話をすることも出来ただろう、生きてさえいれば、こんなダラダラと生き長らえているオヤジ達のように、という意味合いを帯びて来る。

 最初から最後まで曇天の、オヤジ三人の道行き。しかし、このアメリカの平凡はこの国家の歪みを伝えて余りある。遺族の老婆が言う「何のための戦争?」と言う言葉が全てだった。「さらば冬のかもめ」をもう一度観たくなった。


The Last Detail (1973) – "Cheese melted enough for you?" – Jack Nicholson

「友罪」監督・瀬々敬久 at TOHOシネマズ西宮OS

gaga.ne.jp  平日の昼間、劇場半分くらいの客入り、重い話なのにまずまずの入り、先日の渋谷で観た「孤狼の血」より入っている感じがする。

 原作は未読。ポール・ハギス「クラッシュ」('05)を想起する構成、ただ随所で予想外の展開になるのが面白い。当初、周囲に謝罪ばかりしているタクシー運転手(佐藤浩市)がてっきり猟奇殺人の犯人の父親かと思って観ていたら、違ってたり。いくつかの、現在進行形の社会問題がリンクしていく展開もスリリング。神戸の、タンク山の事件がモデルであることも容易に想起されるが、瑛太があの彼を演じるに当たって試行錯誤したであろうが結果を見事に出している。

 友罪、とは勿論創作物のタイトルとしての造語だが、読み方は有罪、と同じだ。ここで過去の有罪を問われて生きている人々の語らない、語れない静けさに反して、瑛太の工場の同僚の暴力、かつての恋人を付け回して脅迫する男の暴力に観るものは有罪を感じる。が、この二人は映画の中では法的に無罪だ(現実には罪に問われる可能性大)。同じ空の下、見えざる罪と顕在する罪、どちらが大きい小さい、重い軽いではない。全て我々の隣人である。

 ラストの時空を超えた視線の交差は、映画だ。佳作、お勧め。

 

 

「ファントム・スレッド」監督ポール・トーマス・アンダーソン at シネリーブル神戸

www.facebook.com  戦後間も無くのロンドンで精魂込めてドレスを作るレイノルズ(ダニエル・デイ=ルイス)は亡き母を追慕し、有能なマネージャーである姉と暮らしている。日常のルーティンへの拘りは強迫観念に近い。ダンディズムは貫くが独身主義。そんな彼が出会ったレストランのウェイトレス、アルマ(ヴィッキー・クリープス)は彼の作るドレスの採寸モデルとして最適な体型であった。二人は常に行動を共にするようになるが泊まるホテルの部屋は別々。アルマは時にレイノルズの神経質に耐えられなくなるものの、レイノルズもまたアルマなしでは精神の安泰を保てないことに気がつく、というお話し。

 アルマがベルギーの王女に話しかけるシーンがある。不見識でそれがフランス語ではないことくらいしか聞き取れなかったが、アルマの出自を想像させる。レイノルズは結局アルマとの身分違いに拘り、破局へと向かうがアルマはある方法でそれを繫ぎ止めることになる。

 ロンドン・クラシックに挑んだカリフォルニアガイPTA、クラッシーかつ単純なラヴ・ストーリーに神経を張り巡らすもやっぱりどうしてもお里が知れてしまう、アルマの匙を噛む癖のように。ちょっと「日の名残り」('93)を想起したもののこういうのはやっぱりヴィスコンティとは言わないまでもダニエル・シュミットルイ・マルの方が本家なんだろうな。ほんもの感、極上感が違うような気がした。しかしこの野心的挑戦には拍手、二人の最初のキスのシーンは感動した。


The Remains Of The Day - Trailer

「犬ヶ島」監督ウェス・アンダーソン at シネリーブル神戸

www.facebook.com  完全なるウェス・アンダーソンの世界、とでも形容したいストップ・アニメーション映画。キネマ旬報誌でどなたかが書いていたが、アンダーソンの「俺のニッポン」だ。原日本人は文化を時系列で捉えがちだが、そうではない者が時系列に関係なく映画や絵画の記憶をごちゃ混ぜにして提示するとこんなにも鮮やかなのかということを思い知る。勿論、アンダーソン監督のデザインセンスあってこそだが。

 日本語の声優の音声はiphoneで録ってスタジオに送ったそうで、ハリウッド製の大仰なCGアニメとは違う手作り感が随所に生かされている。そして黒澤明への限りない愛。「七人の侍」のテーマはそのまま使われているし、劇伴は全体的に早坂文雄&佐藤勝の本歌取りだ。疫病の犬たちを島に隔離する、というのはシリア難民の現状へのメタファーと見るのは、考え過ぎか。