映画和日乗

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「彼女のいない部屋」監督マチュー・アマルリック at シネリーブル神戸

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 俳優としてのアマルリックは知性と茶目っ気が同居しているような魅力があり、ずっとご贔屓なのだが、本作は監督としての長編6作目。原作は戯曲だそうで、脚本はアマルリックが兼任している。

 原題は英訳で"Hold Me Tight"、私を抱きしめて、だが邦題はひねり過ぎの感あり。

 家庭の主婦と思しき女が寝静まった夫や二人の子供を残して車で出掛ける。妻が出て行った後の夫のイラだった態度からよくある主婦の出奔かと思いきや、時系列が戻る度におや、そうでもないぞと思い直す。

 が、突如仏独国境附近でドイツ語の観光ガイドとして働いているこの主婦クラリス(ヴィッキー・クリープス)は、些細なことで観光客に逆上する。

 これは認知症患者の視覚世界を描いた「ファーザー」(2020)のように、乖離性人格障害の患者の視覚世界なのか。

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 クラリスはどうやら長くこのアルザス地方と思しきスキーリゾート地に滞在しているらしい。断片的に挟まれるある雪崩の遭難事件。

 クラリスが家に置き去りにして来たはずの子供たちはいつの間にか成長し(身も蓋もないが似た俳優が演じている)、不機嫌だった夫と楽しげに生活していて、引越しもする。

 見えて来た。クラリスは解離性人格障害に近いかも知れないが、起因する重大な喪失があっての行動だったのだ。そして彼女は現実世界に生きていない。彼女にしか見えない喪われた世界の中に生きている。

 魚屋の棚のクラッシュアイスに顔を突っ込んで失神するクラリス、一見心の病に起因しているかのような行動ですら伏線になっている巧妙。

 成る程、脚本の構成としてはユニークだ。全体のルックは煌めいていてとても美しい。が、多用されるジャンプカットや編集が凝り過ぎていて、わざと難解にしているとまでは思わないものの、際立つテクニックの主張がかえって喪失という主題を薄めてしまっているように思えた。